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悪夢の生命保険外交員時代⑥(うれしい誤算)

保険会社に入って嬉しかったこと、良かったことをお話したいと思います。

①  採用の経緯はどうであれ、この不況の世の中、大会社の正社員で入社できて
     よかったと思いましたが、保険会社は私の『過去の実績』や『将来性』に
     ひかれたわけではありません。

  私の後ろにいるのであろう、家族・親戚・友人の生命保険新規加入を狙っている
    のです。

  同期生で56歳の女性は、パソコンを使えないうえ目も悪いせいかパソコン研修に
    苦労していました。

  無差別で採用していく、それだけ保険会社も閉塞感で行き詰まっているのでしょう。

②  保険会社保険外交員で少し頑張ったわけは、営業のノウハウを学ぶこと
   でした。

   一応名の取った保険会社ですら、断られるのが当たり前の営業なのです。

  何回も何回もangry嫌な顔をされ断られていくうちに、強靭な精神力が実につくはず
    でした。

  そして、少しづつですが人見知りもなくなり、少しは話好きにはなったとは思います。
  しかし無理をしたせいか私の消化器系のほうがまいってしまいました

③  今は男女雇用均等法のせいか生理休暇(生○休暇)が取得し辛くなって
     いますが、私のいた保険会社は、就業規則には何日との期間の取り決めが
     なかったのですが、労働組合が強かったせいか、ひと月に3日まで取得してよい
     ことになっていました。

   毎朝mobilephone電話で、男性の営業所長に『今日は生○休暇で休みます。』と言わないと
     いけないので、とっても言い辛かったのですが、2回目以降は吹っ切れてしまい、
     堂々と電話で言えました。

  復帰後、営業所長の反撃か顔を合わせたときは、『身体はもう大丈夫?』と聞いて
  くるのでした。

  多少サボりも入っていたので答えようがなかったのですが、
  少なくとも生○は嘘ではありませんでした。

④  新人時代になると損害保険の資格試験の研修がたった1日でしたがありました。

  生命保険の募集人資格証は退職時に会社に返却ですが、
  損害保険募集人資格証は退職しても、5年間は個人保有できる資格なのです。 

  研修内容は、講師がテキストの要点を言い、生徒はテキストにマーカで色を塗るだけ
  の単純なものでしたが、覚える余裕がないので、あとは自宅での自己学習しかない
  のです。

  70点が合格ラインですが、結果は86点で、まずまずの出来で嬉しかったです。

  しかし、団体試験受験後退職した為、募集人資格証などの手続きはしてくれません
  でしたので、幻の資格となりました。

⑤  保険会社は、『研修生時代』から『新人時代』の4ヶ月間在職でしたが、給与は
   平均で9万はありました。

   収入が少ないと思っても、一日の労働時間5時間程度で、有給休暇月2日、
   生○休暇月2日も取って休んでいましたので、今思えばそれなりの割の良い
   仕事だったと思います。

   しかし、会社から通勤定期券代として通勤手当を貰っても、普通のサラリーマンの
   非課税通勤手当ではなく、自営業者の保険外交員は課税対象の収入なのです。

   もちろん確定申告などで、必要経費として申告しないとホントの収入になってしまい
   ますので面倒でした。

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コメント

いつも参考にしております。
また遊びにきます。
ありがとうございます。

投稿: 生命保険の選び方 | 2010年7月17日 (土曜日) 23時29分

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